恋愛講座 (失敗は成功の元編)
いつもの巡回の帰り、優が雑貨屋のナチュラル・プラネットにふらっと寄ったのは偶然・・・・ではなくここのところのくせみたいなものだった。 別に可愛い雑貨を見ると心が安らぐとかそんな『どこかの誰か』のような理由ではなく、そんな理由で雑貨屋に出没する『どこかの誰か』と偶然会えないかという理由で。 だからその『どこかの誰か』こと、柏木きらの姿を店の中に見つけた途端、優の鼓動がことんっと高鳴った。 今日はきらが巡回に参加する日ではないから、部活に出てきた帰りなのだろう。 大きな剣道具を入れた袋と中に阿修羅の太刀を入れている竹刀袋を背負ったきらは、やたら熱心に棚を覗き込んでいた。 (何を見てるんだ?) あまりの熱心さに不思議に思いながら、きらの背中に近づいた優は声をかけた。 「・・・・柏木」 「・・・・・・・・・・・・・・」 「柏木」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「柏木!!」 「わっ!?」 無視されているのかと思ってつい荒くなった声で名前を呼んだ途端、きらは飛び跳ねるように振り返った。 そして涼やかな目をまん丸くして優を見る。 「あ、なんだ、設楽くんか〜。いきなり大きな声で呼ぶからびっくりしたじゃない。」 「いきなりって、僕はその前から何度か声をかけたぞ?」 「え?そう?全然気が付かなかった。」 きょとんっとしたきらの反応に優は脱力した。 (こいつ、太刀を握っている時はやたら鋭いくせに・・・・) 太刀を握らせれば一謡のハンターにもひけをとらないきらだがそこはまだ高校生と言うべきか、こと好きな物に夢中になっている時などは普通の少女と大差ない。 そのあたりが、彼女の実力をよく知っていても仲間が心配する理由だったりするのだが。 はあ、とついた優のため息をどうとったのか、きらはむっとしたように眉を寄せた。 「ちょっと、そんなにあからさまにため息つかないでよ!似合わないのはわかってるけど・・・・」 「は?似合わない?」 なんのことだかわからず首を捻った優に、きらは唇を尖らせる。 「とぼけなくってもいいよ。どーせ、私がぬいぐるみなんて似合わないって言いたいんでしょ?」 「ちょっと待て!僕は別にそんな事は言ってない!」 「?違うの?」 「違う!というか、そもそもお前が何をしていたのかもわからなかったんだぞ!?」 「へ?」 「お前が、なんだか熱心に見ているから気になっただけでため息は別の理由だ!」 「あ、そうなんだ。」 な〜んだ、と言わんばかりにきらはあっさりと納得した。 ひとまず変な誤解を避けることができた優は内心ほっとしつつ、ため息の別の理由を聞き返されないうちに話題を変えるべく口を開いた。 「それで、お前は何を熱心に見ていたんだ?」 「ん?ああ、そうなんだよ。これ見て!」 それはもう弾んだ声できらがズイッと、優の目の前に押し出したのは。 ・・・・へたっとつぶれた白黒の物体だった。 生物としては有り得ないほどつぶれているが、よく見ればそれは原型はどうやらパンダらしい。 妙に無表情なぬいぐるみに優は眉を寄せる。 (変なぬいぐるみだな。こんな可愛くもないものを作ってどうするんだ。) ごく素朴な疑問ではあったのだが、口には出さず優はきらに視線を戻した。 「これが・・・・どうしたんだ?」 「どうしたって、もう、すっっっごく!」 と言いながらぎゅーっっとつぶれパンダを胸に抱きしめるきら。 その笑顔はとろけんばかりの笑顔で、優の心臓が途端に暴れ出す。 思わず頬も赤くなっているような気がして慌ててそっぽを向いて優は聞いた。 「すっごく、なんだ?」 「すっっっごく!」 「可愛いと思わない!?」 「!」 その言葉を聞いた瞬間、優の脳裏にいつぞやの茶呑書房での会話がフラッシュバックした。 『彼女がこれ可愛いねと言ったら、必ず君に似てるねと答えるべし!!』 (こ、これがもしかしてチャンスなのか!?) 普段照れくささと不器用さが災いして、ろくろくきらを誉める事も言えない自分が遠回しにきらを『可愛い』と言えるチャンス。 はっとして優はきらの方を振り返った。 そこには可愛い物を抱きしめてやたら幸せそうなきら ―― と、ヘタレたパンダ。 (き、君に・・・・) 「?設楽くん?」 無反応な優を不思議に思ったのか、きらが首を傾げて優を覗き込んでくる。 勝ち気そうな瞳に少しだけ浮かんだ心配そうな色に、優の胸がどきっと弾んだ。 「君に・・・・」 「へ?」 絞り出したような声に、きらがますます不思議そうな顔をする。 ―― そして、胸には無表情なヘタレパンダ。 ふるふると震える拳を握りしめて 「似てるかーーーーーーーー!!!」 優は切れた。 「は!?な、何!?」 「お前がこんな物を選ぶのが悪い!!」 「なんで怒るの!?怒られるような事言った!?」 きらが怒鳴り返すのも無理はない。 確かにきらは怒られるような事は全然言っていない。 しかし、優の方もいろんな意味で頭に血が上ってしまっているため、まったく考えずに言い返した。 「そもそも、お前の趣味はどこか変だ!」 「はあ?なんでそこでいきなり趣味を非難されなくちゃいけないの!!この子だって可愛いじゃない!」 「可愛くない!!」 「可愛いよ!」 「全然可愛くない!!」 「全然可愛いよ!」 「可愛くない!」 「可愛い!」 「可愛くない!」 「可愛い!!!!」 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜そんなぬいぐるみより」 「お前の方がもっと、ずっと可愛いぞ!!!!!」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ」 ―― ぽへっと固まったきらの腕からヘタレパンダのぬいぐるみが「やってられない」とばかりに落っこちたのだった。 〜 終 〜 ― おまけ ― 向き合ったまま固まっている優ときらと陳列棚を挟んだ反対側にいた、片瀬と陽菜は気が付かれないように気配を殺したまま顔を見合わせていた。 「あ・・・・ま〜い」 「・・・・なにやってんだ、あいつら。」 「すご〜い、設楽くんってあんな事も言えちゃうんだ。」 「言えちゃうっていうか、言っちまったっていうか・・・・おーおー、二人とも真っ赤だぜ。」 「・・・・いいなあ」 「あ?」 「ちょっと羨ましいかも、きらちゃん。たまにはあんな風に言われてみたいよね。」 「・・・・あ〜」 「言われて、みたいよね?」 「・・・・あのなぁ、陽菜・・・・」 「ね?哲夫♪」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へいへい。」 そう言って片瀬が陽菜の耳元で囁いた言葉に、きらに負けず劣らず陽菜は真っ赤になるはめになったのだった。 |